私を幸せにするライフスタイル BONITA message ~ いろいろな女性が自ら発信するコラム型WEB
私を幸せにするライフスタイル BONITA message
2009.01.05.更新
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■ 野人になったIT社員の話 その2

逃げることは、悪いことじゃない。

東京の朝の風景(当事)
東京の朝の風景(当事)

 「逃げることは決して悪いことじゃないんだよ」
 とガラス工房の主は言った。


「ある環境にいつづけるのもいい。しかし、そこから逸脱というのかな、その環境の尺度では測れない<なにものか>を見つけてしまったのなら、そこからもう逃げるしかないんだよ。抜け出せなければ、お前は壊れてしまっただろう?」

 彼の言葉には一つ一つうなずけた。<東京での自分>から何かが逸脱しはじめている。それが何かはわからないが、その役割をいったん、どこかへ打っ遣っていてもいいかもしれない、と思った。私は「自殺志願者座談会」に参加した少女たちの声に一つ一つ耳を傾けているうちに、自分自身が「心の闇」にむかっていることに気づいた。そこから見える地平は、それまでのものとは違っていた。彼女たちが体を傷めつけてまで探ろうとしていたもの、表現しようとしていたものを私は見出したかった。それは有り体な言葉でいえば、「生きているという実感」を探る「心の旅」だった。これは生命の根幹にある探究心なのだと思う。それは、ほかの社会生活すべてを機能させなくするだけの大きな命題だった。私はそれと真正面から向き合ううちに不眠に陥り、体調に異常をきたしはじめた。同僚の勧めで心療内科へ行ってみたら「重度のうつ」だと診断された。「即休職をして、自宅療養をしてください」とのことだった。

ここ、出るって有名さぁ

出来上がったばかりのガラスが朝日をうけて輝く
出来上がったばかりのガラスが朝日をうけて輝く
 そして私はガラス工房に居候を始めた。海に面した屋根と柱しかないガラス工房は、常に海風に吹かれていた。東京にいるときにはまったく眠れずに過ごした夜も、外灯一つない宵闇の中では、静かに眠ることができた。朝6時には、除冷炉にあるガラスをテーブルの上に並べていく。9月の沖縄の澄んだ陽の光を浴びて、出来たばかりの琉球ガラスが言葉にならない言葉を発している。それに圧倒されて立ち尽くしていると、職人さんたちが出勤してきた。彼らの仕事はまず、昨日作ったガラスの検品から始まるのだ。
「眠れたね?」
 グラスを手に職人さんの一人が訊ねてくる。はい、とだけ私は答える。
「見なかった?」
 ほかの職人さんも口を開く。
「何を、ですか?」
 私が訊ね返すと、にやりと職人さんたちは顔を見合わせて笑う。
「ここ、出るって有名さぁ。昼も出るってぇ」
「アメリカーはこの近くのビーチから上陸してきたば。いっぱいの人が死んだ」
 工房からほどなく歩いたところには、沖縄戦時下、集団死のあった防空壕もあった。職人さんたちの「出る」は、幽霊を指しているらしいということがわかった。
「鈍感なんで。ぐっすり眠ってました」
「強いやぁ」
 職人さんの一人に背中を叩かれる。
「どうも」
 意味もわからず、私ははにかみ笑いを浮かべる。

「傷を負った者」の扱いになれている。

太平洋戦争時、アメリカ軍は読谷村の海から上陸してきた。
太平洋戦争時、アメリカ軍は読谷村の海から上陸してきた。
 太平洋戦争末期、沖縄は激戦の地となった。沖縄県民の四人に一人がこの戦争で命を落としている。戦争で亡くなることも悲惨であったが、残されることもまた悲惨だった。「わったぁーのオジィは漁師だったけどよ、死体が一面に浮かぶ海をサバニでかきわけかきわけサンマを獲ったって言ってたさ。飢えはひどかったよ。だけども、人の肉を食べたサンマを食べていれば精もつくってさ。ひどい時代だったろうね」――。ずっと後になって職人さんの一人から聞いた話だ。沖縄という島全体が瀕死の状態にあったといっていい。職人さんたちが、ただの居候に過ぎない私に、すっと居場所をつくってくれたのも、そうした「傷を負った者」の扱いになれている精神土壌があったからではないか、と思う。また、幽霊話が当たり前のようになされるのも、生と死を隔てる壁が、東京よりもはるかに低く、そして薄いということを物語っている。「スピリチャルな聖地」として沖縄がもてはやされるようになってきてはいるが、しかし、背景をたどればこのようなことではないのかと思う。


(次回につづく)
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【NAME】佐々木仁孝
沖縄は「癒しの島」とマスコミなどに謳われて久しいですが、実際の沖縄生活はどうなのか。移住者(ときに沖縄県民)を取材し、その実態をご紹介します。
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