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私を幸せにするライフスタイル BONITA message
2008.12.08.更新
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■ アオラニ--流れる雲のゆるゆるのススメ

休日はフラサークルを主宰

真剣ななかにも笑顔が絶えない
真剣ななかにも笑顔が絶えない

 よく晴れた土曜日の午後、東シナ海に面した一室で軽やかに笑う女性たちの声がする。その中心にいるのは、内原佳代さん。フラサークルの主宰者でもある。


 沖縄在住歴11年の内原さんにはいくつもの顔がある。夏はマリンスポーツのインストラクターとして沖縄本島北部の水納島でシュノーケリングを教える。また、ハンドクラフト作家としては4店舗にシマ草履、ククイナッツのストラップやアクセサリー、内原さんオリジナルのフラキューピーや、シーグラス、貝殻で出来たフォトスタンドを卸している。

「海が好きなんです。そこから色々と広がっていきました」

 と内原さんは笑う。

月収8万円、社会保険ナシ

最初は大変でした。でも、だからこそ人の優しさを知ったかな、と話す内原さん。
最初は大変でした。でも、だからこそ人の優しさを知ったかな、と話す内原さん。

 内原さんの沖縄との出会いは、大手銀行に勤めて3年目、彼女が22歳の初夏のことだった。観光客の多くが感じるように、沖縄の海のきれいさに魅せられたという。ダイビングをするなら沖縄しかないと思い、1年後には沖縄移住を決める。沖縄での生活に必要になるだろうと自動車免許証を取った翌日のことだった。


 こうした動機で沖縄に移住してくる人は本当に多い。しかし、それが長続きする人は少ない。まず、経済的な事情が移住生活を困難にする。沖縄は日本一失業率が高く、平均月収も東京のそれと比べて約1/3に減る。内原さんの場合も例外ではなかった。

「ダイビングショップを片っ端からあたったんです。当時インストラクターの資格は持っていませんでしたから、そういう人を雇うというショップはなかなか見つかりませんでした。50数件目でようやく、雇っていいよっていうところが見つかったんです」。

 そうして職に就いたものの、経済的には非常に苦しかった。寮が完備されているといわれていたが、実際に行ってみると寮はなく、職場から30kmも離れた那覇で家賃4万円の部屋に住むことになった。月収は8万円。社会保険もなかった。生活を切り詰めるが、それでも毎月赤字になった。貯金を切り崩していき、やがてそれも底を尽きる。
「あと3年、銀行で稼いでから沖縄へ行けばいいじゃないか」
沖縄に発つ前に父から言われたその言葉が胸にしみた。しかし、後悔はしていなかった。

自分の居場所をみつける

 内原さんが沖縄の海に魅せられたのにはもう一つ理由があった。彼女が少女時代に生活していた自然の溢れるバーレーンの海を思い出させたのだという。「おとなしい子どもだった」という彼女が、伸びやかに過ごせた記憶がよみがえってきたのだ。

「経済的には本当に大変でした。でも、苦しいと思ったことはありません。父の転勤で各地を点々として過ごしていましたから、<自分の居場所>は自分で決めるしかなかったんです。沖縄は、自分が自分でいられる、まさに<自分の居場所>でした」。

頑張ろうというよりも、楽しもう、なんです。

 そうした内原さんにとって、経済的な問題は、さして問題ではなかったのかもしれない。また、先に沖縄に移住している「先輩ないちゃー」にも助けられた。食事や、より良い条件の職場は、こうしたネットワークを通じて得ることが出来た。「沖縄はお金がなくても人の情けで食べていける」とはよく言われることだが、内原さんの例を引くまでもなく、人の縁が大きく生活を左右するところが沖縄というところだ。


・ 自分の居場所を定める
・ 人の輪を大切にする


 しかし、これは沖縄に限ったことではなく、ストレス過多な現代においては大切なことではないだろうか? 

「海からの贈り物」が内原さんの作品になる。
「海からの贈り物」が内原さんの作品になる。
 彼女が作るクラフト商品もそうしたなかから生まれてきた。

「職場はきれいなほうが能率が上がりますよね? 海をきれいにしたいと思うのはそれと一緒なんです」

 ビーチへ行けば、車に乗せられるだけのゴミを拾って帰る。貝殻やシーグラスはそうした彼女の日常から自然に集まった。

「海からの贈り物です」

 と彼女は笑う。「ビーチクリーン」と名づけるには大袈裟な感じがする。しかし、内原さんがそうして始めたことは、やがて散歩中のご婦人たちを巻き込み、定例化することになった。ここでも彼女は中心者になった。集まったのは貝殻やゴミだけではなく、人々の温かい心だった。


 沖縄で11年生活してみてどう思いましたか? との質問に彼女は、
「不思議とがんばろうと思ったことがないんです。がんばるというよりも、楽しもうと思うんですね」
 と答えた。

 そんな彼女の好きな言葉は、フラで覚えたハワイの言葉・「アオラニ」だという。「心地よく流れる雲」という意味らしい。海でもそうだが、うまく力を抜いて何かに身をあずけてみると、ああ、やっぱり神さまはいるのかもしれないな、と思うような「大きなつながり」のなかで生きている自分を見出すことがある。内原さんの沖縄での生活は、まさにそのようなものであるのだろう。

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【NAME】佐々木仁孝
沖縄は「癒しの島」とマスコミなどに謳われて久しいですが、実際の沖縄生活はどうなのか。移住者(ときに沖縄県民)を取材し、その実態をご紹介します。
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